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ハゲワシと少女

私が海外に興味を初めて持ったのは小学生の頃。

 

社会の授業で見せられた1枚の写真。

 

当時の私には衝撃だった。

 

この不自由ない国に生まれて生きるのに不自由なく暮らしてきた。

 

こんな事が未だに起こっているのかと。

 

そしてそんな状況にも関わらず、写真を撮ったフォトジャーナリストのケビンカーター氏。

 

内戦の続くスーダンでの一幕。

 

この写真は23年前の今日と同じ日、ピューリッツァ賞の企画写真部門賞を受賞。

 

色々責められたカーター氏はその後自殺。

 

彼はこの写真を通して内戦の実情を世界へと発信することになった。と同時に沢山の批判も受けた。

 

どういう行動が正しかったのか。

 

正解はないと思う。

 

当時の私はまだ10歳にも満たなかったが真剣にこの写真について何回も考察したのだった。

 

この写真は私の原点。

 

もちろん日本国内でも貧困格差や飢餓で亡くなる人も少なからずいる。

それでも地球の裏には現在進行形で戦争が起こっていること、近隣国では大飢饉が起こっていること。全てが目を丸くするほどのことで自分が平和ボケしていることに気付かされた。

 

それから社会系科目は特に興味を引くようになり得意分野となった。

 

高校生の時には世界史を選択科目にとって、レポートは中東和平について新聞記事読み漁って書いた。

 

大学の専攻もその分野へと進んだ。

 

"結局私には何も出来ないけど事実を知ること、そしてつたえていくこと。これが今出来る私なりの援助"

 

レポートの最後には必ずこんな言葉で締めくくった。結局、座学でこんなこと学んでもちっぽけな私には何も出来ねーわ。自分しょーもね。って真剣に悩んだ時期もある。むしろ授業のレポート書くたびに自分の無力さにげんなりして落ち込んだ。

 

その後やりたい事も定まらないまま、恋と仕事で悩む乙女になったりして就活も途中放棄。

 

やりたいことねーわ。しょーもねっ。て。

 

その度にこの写真を思い出した。

 

あ。そうか。

 

私、こんなジャーナリストになりたかったんだ。

 

 

初めてやりたいことに気づいた。

 

でも私には行動力も勇気もなくて結局日本からだって出られなかった。

 

それでも未だにこの写真を思い出して自分に問いかける。

 

『今、私に出来ることはなに?』

 

時々、広告や写真を見てものすごく心揺さぶられることがある。

 

言葉や写真の力ってホントに凄い。

 

またどこかで紹介しよう。